漫画を通して訪問看護における終末期医療を知る

※この文章は死に関する内容が含まれています。

※この文章は漫画のストーリーに関するネタバレを含みます。

あなたは、人生最期の食事に何を食べたいですか?

家族の作った肉じゃが、採れたての魚で作ったお刺身、もしかしたらおせんべいなんかを食べたい人も居るかもしれません。

では、それを食べると死期が近づいてしまうとしたら?

「突然そんな事を言われてもわからない。」

「実際にその状況になってみないと…。」

「家族はそれをどう感じるだろうか?」

色々な考えが浮かんできます。

私が開発を行っているカイポケ訪問看護という Web サービスの向こう側では、看護師と患者、またその家族は、この様な難しい判断を迫られているのだと思います。

訪問看護を知る上では外せない終末期医療。これをより深く知るためにはどうすれば良いか、サービスの開発をしながら私も時々考えています。

開発者が現場を深く知るために、エス・エム・エスが行っている取り組みとして事業所訪問や事業所インタビューがあります。しかし、看取りの現場を体験するというのは難しく、あくまで想像するしかありません。私は、現場で行われている訪問看護の看取りがどの様なものか、という知識を補強する情報として漫画というフォーマットにとても助けられました。

今回は、この訪問看護の漫画における看取りの話を紹介しながら、その倫理観について考えてみようと思います。

紹介する漫画は、私が一番最初に読んだ訪問看護の漫画である広田奈都美さんの「おうちで死にたい~自然で穏やかな最後の日々~」です。看護師でもある作者が訪問看護の取材を反映しながら、一話完結形式で訪問看護師とその患者、患者の家族を描いた作品です。タイトルからもわかる通り、看取りについて描かれた内容が多い作品です。

おうちで死にたい~自然で穏やかな最後の日々~ 1 (A.L.C. DX)

主要な登場人物はこちらの看護師の三名。

    • おかっぱの新人の訪問看護師。研修医時代に訪問看護に出会う。
  • 馬渕
    • メガネをかけた花の先輩看護師。病院での看取りに対する違和感から訪問看護師となった。患者の気持ちを汲み取ろうとしすぎるところがある。
  • 持田
    • 花と馬渕の先輩。所長と一緒に訪問看護ステーションを立ち上げたベテラン看護師。

まずは「在宅で効果的な療養が行えていない状況を許容する」という話が登場する第6話「花が訪問看護師になった理由」を紹介してみます。

この話は、看護師という職業に対して自信が無くなる様な事件を経験した花が、訪問看護の実習で出会った様々な家族と、それに対する先輩訪問看護師の考え方に影響を受け訪問看護師を目指すという内容です。

話の中盤で初めて訪問看護サービスに同行するのですが、ここで先輩訪問看護師の馬渕は患者の高齢の妻から聞かされた「痰の吸引が夜間に十分に行えていない」という療養状況をサラッと許容してしまいます。

出典:広田奈都美「おうちで死にたい~自然で穏やかな最後の日々~①」 / 第6話「花が訪問看護師になった理由」 / 2017年フォアミセス7月号掲載

病棟で行われている「効果的な療養」をするべきと考えていた花はこれに面食らいますが、馬渕から説明をされる中で、夫婦が以前から家で亡くなりたいと話をしていた事を聞かされます。

この夫婦は客観的に判断できる療養上のリスクよりも主観に基づいて自宅に居るという事を優先し、持田はこれを支持しているのです。この話には他にもいくつか異なる家庭の話がダイジェストで出てきますが、お金が無いから施設に入れられず看護をする気もない家庭、姑いじめをした母を一人で看護する息子等、必ずしも望んではいない状況で在宅看護をしている家庭も出てきます。持田はこれも「そうなる歴史があって様々な要因でそうなったって思う…」と受け入れます。

まだ訪問看護というものをあまり理解していない当時の私は、この話を読んで「それって正しいのだろうか」と、もやもやしていたのを覚えています。

第18話「癌になって初めて妻に弱い姿を見せられた年上夫」は、働き盛りのプログラマーという自分に身近な話でした。末期がんで余命宣告を受けているにも関わらず、死を受け入れられない妻のために、患者は元気な姿を演じます。病状が悪化する中、なし崩し的に最期を迎えるべきでは無いと考えた馬渕は主治医とケアマネージャを同席させ、患者の妻とケアカンファレンスを開催します。

ここで馬渕は「患者・家族の防衛機制に対して侵襲的なコミュニケーション*1」をしてしまいます。患者の妻は死という現実を受け入れられず動揺し、妻に対して病状を隠していた患者を激怒させてしまいます。患者と看護側の信頼関係が崩れてしまった、とてもマズい状況です。

出典:広田奈都美「おうちで死にたい~自然で穏やかな最後の日々~③」 / 第18話「癌になって初めて妻に弱い姿を見せられた年上夫」 / 2018年フォアミセス6月号掲載

客観的に正しい情報をありのまま伝える、という事は、情報伝達としては正しいのかもしれません。しかし、ここで重要視されて描かれているのはそういった事ではありません。患者とその家族が何を望み、何を望まないか。そしてそこに医療従事者として伝える事のできる情報を交えつつ、踏み込んでも大丈夫な範囲を見極めながらコミュニケーションしようとしています。

第27話「おばちゃんナースの底力」は、人間力の高いおばちゃんナースと花がペアになって訪問看護をする話です。花は資産家の一族に嫁入りした女性が、他の家族から患者のケアを押しつけられているというのを目にします。一家の空気を読みながらコミュニケーションしつつ、女性に対してのフォローも忘れないおばちゃんナースに対して、花は良かれと思って同情の声を掛けます。

しかし、これが相手には自分の立場に対する否定として捉えられてしまい、女性に怪訝な表情をされてしまいます。悩んでいる花に対して、訪問看護ステーションの所長は「病院では病院がルール、訪問看護は家庭がルール」と説明します。

出典:広田奈都美「おうちで死にたい~自然で穏やかな最後の日々~⑤」 / 第27話「おばちゃんナースの底力」 / 2019年フォアミセス2月号掲載

物事を勝手に判断せず、その家庭の生き方、暮らし方を尊重することが訪問看護においては重要なんだ、と所長は言います。おばちゃんナースも、過去に入浴サービスの提案をしたり女性をかばったりした際に一家との関係が悪くなってしまい出入り禁止になるところだったとの話を聞き、花は自分が感じる正しさだけでは物事を判断できないという訪問看護の難しさを学びます。

最終話「馬淵が訪問看護師を志した理由」は、物語全体を通しても何度も扱われる「病棟での看護」と「在宅での看護」の違いに特に注目した話になっています。病院の看護師時代の馬渕は、命を守り、事故を起こさないように、そんな事を考え忙しい仕事を精一杯こなしていました。ある日「在宅の基本は家族」という訪問看護師の持田と出会い、病院での看護と自身が持っている看護に対しての考え方のギャップに違和感を持ち始めます。そんな中、ある患者から答えの出せない質問をされます。

出典:広田奈都美「おうちで死にたい~自然で穏やかな最後の日々~⑤」 / 最終話「馬淵が訪問看護師を志した理由」 / 2019年フォアミセス8月号掲載

馬渕は言い訳をしつつその場を逃れますが、考え方と仕事のギャップはどんどん大きくなっていきます。その後も悩みながら仕事を続ける馬渕の担当患者の家族から自宅で看取りをしたいという話が持ち上がります。

そして持田と共に訪問看護での看取りを進める中で、馬渕は患者に寄り添いケアを行うのが好きだという自身の看護観を発見して行きます。

全編を通して、持田は患者の意志を尊重しようとする気持ちが強い訪問看護師として描かれていますが、実際の訪問看護師もこの様な気持ちで仕事をされている方は少なく無い様です。

サービス開発を行う中で「細かいケア内容を書きたいのに文字数が足りなくて書ききれない」といったお叱りの言葉があるという話を聞いたり、業界紙のコロナ禍特集の中で「感染症対策で接触時間を短くする必要があり、本来できていたはずの看護ができず落ち込んでいる」という記事を読んだりすると、訪問看護師には、本当に患者に寄り添って看護をするのが好きな方々が多いのだろうなと感じます。

以上、4つの話を紹介してみましたが、患者が望む「生きる」というものがどういったものなのか、看護する側と看護される側、その家族、それぞれが迷いながら考えるという内容となっています。作中の表現は多少誇張された表現になっているかもしれませんが、私達のユーザー企業である訪問看護事業所と、ユーザー企業のユーザーである患者とその家族が、どう悩み、考え、結末を迎えるのか。そんな事が仮想的にではありますが、見ることができているのではないかと思います。

今回紹介したのは看取りに注目した話でしたが、他にも精神科訪問看護や認知症についての話も描かれています。続編となる「ナースのチカラ 〜私たちにできること 訪問看護物語〜」では主要メンバーが新たに加わり、連続したストーリー形式で病棟ナースが大切にしている考え方や介護施設が抱える課題、更には新型コロナウィルス感染症下での看護にも切り込んで行きます。

紹介した漫画の話からもわかる通り、看取りを行う際、患者自身にとっては自分の生をどう終着させるか、そういった難しい意思決定を行う必要があります。

この意思決定を支援するためのアドバンス・ケア・プランニング(ACP)別名人生会議というプロセスが存在します。

「人生会議」とは、アドバンス・ケア・ プランニング(Advance Care Planning)の愛称です。 アドバンス・ケア・プランニングとは、あなたの大切にしていることや望み、どのような医療やケアを望んでいるかについて、自ら考え、また、あなたの信頼する人たちと話し合うことを言います。

あなたの希望や価値観は、あなたの望む生活や医療・ケアを受けるためにとても重要な役割を果たします。

誰でも、いつでも、命に関わる大きな病気やケガをする可能性があります。 命の危険が迫った状態になると約70%の方が、これからの医療やケアなどについて自分で決めたり、人に伝えたりすることができなくなるといわれています。 もしも、あなたがそのような状況になった時、家族などあなたの信頼できる人が「あなたなら、たぶん、こう考えるだろう」とあなたの気持ちを想像しながら、医療・ケアチームと医療やケアについて話合いをすることになります。 その場合にも、あなたの信頼できる人が、あなたの価値観や気持ちをよく知っていることが、重要な助けとなるのです。

人生会議とは? | ゼロからはじめる人生会議 (www.med.kobe-u.ac.jp)

ACP に関連する用語としてインフォームド・コンセントや事前指示 Advanced Directive(AD) がありますが、インフォームド・コンセントは「どの様な医療を選択するか合意するプロセス*2」で、あるタイミングでの医療選択に係るプロセスであり、AD は「自身で医療選択が行えない場合、その選択をどの様に行うかを決めておくこと(文書化すること)*3」です。

対して ACP は、プロセスの結果得ることができる意思決定そのものよりも、健康状態が変わりゆく療養者がどの様な状況でどの様に意思決定を行うのかを、継続的なプロセスを通して関係者が理解しようとする事が重要とされています。

この違いは、ADがあくまでADを作成した時点での意思決定であり、ADが利用される状況の複雑性が考慮しきれておらず、ADが利用される局面で患者が望むであろう意思決定が行えるわけでは無いといった課題を反映したものです。ACP では患者の家族や医師、看護師等が「こういった時に患者はこう判断するだろう」という感覚を継続的なプロセスを通す事により獲得し、事前に想定しきれていなかった局面に対しても患者が望むであろう意思決定を、例え患者本人でなかったとしても行えるという状態を目指すことにあると言えます。

また、ACP は大きく分けて「健康成人に対するACP」と「病気を持った患者に対するACP」に分かれています。

前者は健康な状態では将来的な医療的選択が自身にもたらす影響に関してのリテラシーや興味が高くなく*4、将来的に意思決定が変わる可能性があるという実態をを考慮し、ACPやAD等、終末期医療に関する理解を深めるという事が目的となります。

後者は自身の健康状態をコントロールするための意思決定を行える環境を作るという事を目的としていて、ACPを経て行われる意思決定が実際に運用されるのはこのフェーズになります。予後1年を目安として行われますが、早すぎるACPは患者が望まず利益より害が多い*5。ADを作成するタイミングが早すぎると非現実的な選択をしたり、遅すぎても患者の嗜好を反映できない*6。更には疾病によって機能低下の波が異なるため終末期の判断が難しい。といった課題もあり、タイミングを見極めるのが非常に難しいものになっています。

漫画の中でも、最初は深く看取りには踏み込まず、患者やその家族との対話を通して心理的に受け入れ可能かどうか判断し、医療者としての観点を踏まえつつ、患者に合わせて言葉を選びながら看取りの話を切り出しています。ACPの対象を決めるためのサプライズクエスチョン*7やSPIC*8といったツールもある様ですが、正解となるやり方がある訳ではありません。ツールによって一定の指標を見るという事より、その人の生にとってどうするのが良いのかという事を考え抜く、という事がACPにおいては大切とされているのではないでしょうか。

訪問看護という学問は、コミュニケーションというものをとても大切にしているという印象を強く持っています。漫画の例を見ても普遍的・客観的な価値尺度での評価を絶対視するわけでは無く、患者やその家族の多様性を許容し、非常に曖昧で、揺れ動く感情というものを重要な判断基準としています。劇中で、医学的には効果的な療養が行えていないように見える患者に対して、積極的な介入を行わない先輩看護師馬渕の行動を新人看護師の花が不安がる描写があります。

しかし、これは医療者である花の客観的視点です。馬渕は患者及びその家族の「おうちで死にたい」という主観を時間をかけて汲み取る事によって、患者と意思疎通が取れなくなった状態でも、自宅での死に寄り添うという判断が行えているのです。ゴミ屋敷のゴミも、その人にとっては大事な物かもしれない。不貞を働いた夫でも、妻にとっては最愛の人かもしれない。普遍的・客観的な事実からは読み取れない大事なものを劇中の看護師は見つけようとしています。

ソフトウェアエンジニアである私は、プログラムを書くという仕事をする際に数値的な根拠やテストコードでの正当性証明という普遍的・客観的事実によって行うのが重要だと考えています。これは、上記の価値観とはだいぶ異なります。逆に、チームビルディングや1on1の実施、コミュニケーションが重要となる場では、こういった曖昧な感情というものも大事なものとして扱っています。

過去記事にもコミュニケーションにおいては「あそび」が重要だと書いたのですが、それはコミュニケーションには曖昧な部分を許容する力が必要だと感じていたからです。訪問看護で大事にされている感覚に近いものを自分も少しは理解できているのかもしれません。

tech.bm-sms.co.jp

仕事を通して訪問看護を知るまでは、終末期医療、それも在宅での看取りに関してリアルに想像する事はありませんでした。それが今では、自身の開発しているサービスを通して、人の生に関わっているという実感に変わっています。

私もいつか死を迎えます。その時に、自分の人生の終わりの片隅に関わる様な仕事ができていたら嬉しい。そう思いながら仕事をしています。

最後になりますが、この記事を読んで訪問看護の世界に興味を持ち、その世界を作っていく事に関心を持ってくれた方は、ぜひ弊社のを叩いてみてください。

r-kaipoke.bm-sms.co.jp

(筆者: プロダクト開発部桐生)

*1:患者・家族の防衛機制に応じて侵襲的でないコミュニケーションを – [PDF] アドバンス・ケア・プランニングいのちの終わりについて話し合いを始める p.54

*2:インフォームドコンセントとは、患者・家族が病状や治療について十分に理解し、また、医療職も患者・家族の意向や様々な状況や説明内容をどのように受け止めたか、どのような医療を選択するか、患者・家族、医療職、ソーシャルワーカーやケアマネジャーなど関係者と互いに情報共有し、皆で合意するプロセスである。 – インフォームドコンセントと倫理 | 日本看護協会 (www.nurse.or.jp)

*3:Advance directives explain how you want medical decisions to be made when you're too ill to speak for yourself. – Advance directives & long-term care | Medicare (www.medicare.gov)

*4:Participants were asked to imagine that they were in this scenario and to choose either: all life support treatments; try life support with an option of stopping; or no life support. They were then asked how certain they were about this decision. Forty-five percent of participants were uncertain about their decision. – Uncertainty about advance care planning treatment preferences among diverse older adults - PubMed (pubmed.ncbi.nlm.nih.gov)

*5:This reflected a belief that if ACP were initiated at an earlier time-point, patients would simply not be ‘unwell enough’ for ACP 21, 25, 27. Introducing ACP later in a patient's illness trajectory was also considered to allow patients to focus on living in the present by ‘carrying on as normal’ while they still felt reasonably well 5, 30, 38 and ‘allow patients to enjoy what is left of their remaining lives’ – Advance care planning for cancer patients: a systematic review of perceptions and experiences of patients, families, and healthcare providers - Johnson - 2016 - Psycho-Oncology - Wiley Online Library (onlinelibrary.wiley.com)

*6:a poorly chosen target patient population that is unlikely to need an AD in the near future may lead to patients making unrealistic, hypothetical choices, while assessing preferences in the emergency department or hospital in the face of a calamity is notoriously inadequate. – Strategic targeting of advance care planning interventions: the Goldilocks phenomenon - PubMed (pubmed.ncbi.nlm.nih.gov)

*7:The surprise question — “Would I be surprised if this patient died in the next 12 months?” — has been used to identify patients at high risk of death who might benefit from palliative care services. – The “surprise question” for predicting death in seriously ill patients: a systematic review and meta-analysis (www.ncbi.nlm.nih.gov)

*8:SPICT™ helps identify people with deteriorating health due to advanced conditions or a serious illness, and prompts holistic assessment and future care planning. -- SPICT – Supportive and Palliative Care Indicators Tool (www.spicy.org.uk)