sunaotに聞いてみた・後編 あえてCTOを名乗らない理由

エス・エム・エス テックブログ運営の熊谷です。今回の記事は sunaotに聞いてみた・前編「『言われたとおりに』が何より苦手」なプログラマーがエンジニアリング組織のトップになるまで の後編となります。


田辺順 Sunao Tanabe
-技術責任者
Ex. DeNA
外資生保のSEやWebの会社のプログラマーを経験後、DeNAにて技術支援チームの立ち上げ、SET/SWETとして自動化や開発者テストの開発支援に従事。エス・エム・エスでは技術責任者として、開発組織づくりや開発基盤の整備などを進める。


Q2. 田辺さんが CTO を名乗らない理由って何かあるんですか?

田辺さんは「技術責任者」を名乗っていますが、あまり一般的な呼称ではないなと感じています。CTOを名乗らない理由は何かあるのでしょうか?

「困っていないから」というのが大きいです。名乗ると何が得られるのかがわかっておらず、明確に実務的に裁量が増えるなら、本部長になることや役員になることのほうが明らかに自分の責任において決められることが増えます。

ではそれが今欲しいかというと、そうは感じていなくて、今私が決められないことというのはほぼすべて全社に依存することか、事業と重なる部分の話が多いです。 もし仮に自分が CTO の名称なり、本部長や役員なりだったときに、相互に依存する事情を無視して物事を進めたいかというと、そんなことはないです。その場の意思決定のスピードは上がるけれど、その割り切りによって学びの機会や相互理解の機会を失うことになるからです。 ということで、自分が今必要としている範囲の裁量は持っていて、とくに困っていないからというのが理由です。

あと、個人的なところで気づいた点としては、価値観としてそもそも役職やポジションというものを欲していなかったというものがあります。今まではそういうものがなかったので、もう少し人並みに役職やポジションへの欲があるかと思っていたのですが、実際に技術組織のトップの役割をやってみて、自分が必要としているものを満たせば、役職やポジションの名称というのは本気でまったく欲していなかったということに気づきました。漫画の『昴*1』で「あたしは…そう。尊重されたいの。あたしがバレエをやる理由はそれ。尊重されて生きるため。」というセリフがあり、それを読んだときに自分が求めていたのもこれだなと納得したのを覚えています。根本の価値観として「自分が良い仕事をして世の中に価値を提供をする。それにあたって必要になる信頼を得られる程度の尊重がほしい」というのだけを必要としているのだと思います。自分にとって肩書きが寄与してくれるのはその尊重へ寄与する一部で、幸い今の会社は「その人がなにを言っているか。それはなぜか」ということへの関心が非常に強く、そこで中身があればあまり肩書きは重視されないため、少なくとも社内では必要性を感じていません。

入社から室長/部長ととくに職位は変わっていないけれど待遇としては変わっていっているので、その辺も自分の組織でもやりたいこと (肩書きへの依存を極力減らして、そこと関係なく能力によって評価され待遇が上がっていく) であるし、肩書きが強くなると暗黙に他の人と関わるときに発生する権威勾配も好ましくないし、積極的に欲しくないなーという風に思っています。

ただ、個人の話とは別に、なにかしらの理由で CTO がいる/経営層に技術職出身の人がいることを重視している人がいることは知っていて、本当にそれがうちの会社でも必要だと思えたら、積極的に CTO なりのポジションを拒否をするほどの理由もないなと思っています。

Q3. 田辺さんから見たエス・エム・エスならではの楽しさというか良さみたいなものはありますか?

戦略とビジネスがセオリーを土台にした上で、実践で具体性高く実行されていく様を見られることですね、特に事業責任者レイヤー、事業戦略レイヤーで感じます。 「そんな風に考えるんだ」「そんな物の見方するんだ」など、自分にはできないなと思う発見をする機会が多いです。その結果、過去読んだセオリーが自分のなかで腑に落ちて、自分でも使える道具になることが何度もありました。 事業の成長という形で、その実践が世のなかで結果を出せるんだという証明とセットで過程を見ていくことができ、知識だったものから使える道具と使えない道具が検証されている感覚になります。

これらの戦略やビジネスの強さというのが、特定の個人や一過性のもので作られているのではなくて、過去からの連綿とつないでいる経営の歴史のなかで意識的にそうなるように作られてきている、というのが非常に特異で面白い会社だと感じています。

「社風や文化、価値観として場をつくってきた」というのは他の会社でも見受けますが、それ以上に日常の会社運営も「戦略やビジネスの強さを会社として持ち続けられるようになること」を土台とし、 ”そうなるように会社を経営しているからそうなっている” というのはユニークな価値だなと思っています。

また、それをセオリーや仕組みだけでやろうとするのではなく、あくまで人に依存して人が優秀だと最大パフォーマンスを出せるぞという思想も持ち合わせてるため、XP の洗礼を受けた私としては『人間性 (Humanity) / 人間がソフトウェアを開発する』に通ずる価値観を感じていました。

最後に、「相手へ誠実さを期待できて、変な気を使わずに本当にするべきことに集中しやすい」というのもならではの良さかなと思います。特に私の場合、ムダだと思うことを受け入れて粛々とやるというキャパが小さいので…

Q4. 将来的に作っていきたい組織の理想像みたいなものはありますか?

これまでも自分が転職をする際に、「少なからず自分にフィットする環境ってどこかにあるんじゃないか」と思って転職してきた経緯はあります。

実際どの会社も良いところはたくさんありましたが、「自分のやりたい仕事の仕方を全部できる会社」は無かった。そして 4-5 社を経てさすがに気づいたことは、自分の求めているような会社は多分ないぞ、ということです。だったらそれに近い環境を作りたいなと思ってエス・エム・エスに入社したというのがあります。

そのなかで今も残っている軸がいくつかあって、1つ目に「チーム開発大事だよね」という価値観。世の中が今ほど「チーム開発」って言い出す前に、チーム開発への思いとずっとやりたいなというのがありました。

2 つ目にプロダクト開発として見たときの「ユーザー中心設計(UCD)」で、「企画の思いつき」ではないユーザーを中心としたプロダクト開発がしたかった。

3 つ目は「ビジネスとエンジニアリングとの関係性」みたいな部分です。今までどちらか二極の会社しか経験してこなかったので、ビジネスのいいなりという開発組織も嫌だったし、逆にエンジニアがヒエラルキーのトップというのも嫌だったんですね。「僕もあなたも同僚だし、一緒に良いビジネス作って、ユーザーに価値届けたいですよね」っていうのがとにかくやりたかったんです。お互いの関係性がフラットで、気持ちよく働けていけたらいいなって当時から思っていました。

この 3 つすべてやれそうな会社が、僕の思いつく限りでは見当たりませんでした。スモールビジネスだったらいくつかあったと思うんですけれども、ちゃんと成長余地があって、かつ一定規模のインパクトを世の中に出せる会社でやりたかったんですよね。

これらの条件を全部兼ね備えている会社が僕の知る限りではなかったので、エス・エム・エスでそれを作ってしまおうというのがありました。あとは組織の話からは若干ズレますけど、「継続性アーキテクト」という生き方でも書いてあるとおり、ちゃんとコードを書き続けながらお金がもらえるような会社が良かった、というのもあります。

自分のポジションがまだ事業責任者から遠いポジションにいるせいか、簡単なコミュニケーションはあれど、まだ距離は遠いかなと感じる部分もあります。「俺は技術やってくぜ」っていう人はいいと思うんですけど、ビジネス側との距離をどのように縮めていけば良いか、自分のなかではまだはっきりしない部分もあります。

そこは同じく課題感を持っていて、これは採用の話とも絡むんですが、エス・エム・エスはシニア層の採用比率を多くしています。

エス・エム・エスはディレクターが何かと開発に依頼をしてくるみたいな会社ではなく、プロダクトマネージャーだったり、エンジニアとして技術とビジネス両方の話ができる人たちが事業責任者と直接喋って、「この事業戦略だったらこうしないとダメなのでは?」「こうする必要があるよね」という話を直接行なっている会社です。そのためシニアクラス程度の経験が無いと、ビジネスの話を事業責任者と上手くできないという課題があるんですね。

これらは良いことなんですが、エス・エム・エスの事業責任者たちは、僕が今まで見てきた人と比べても、世の中で有数に優秀な人たちなんです。戦略リテラシーも高く、まずマーケッターとして優秀だなと。反面、そのための専門知識も当たり前にあって、その人が持っている知識量とか、今どういう視点で喋っているんだろう、ということを理解しながら、適切にプロダクトの話やエンジニアリングの話に変換する能力が求められるわけです。

これらの理由から、会社としてシニアクラス層が足りないと事業スケールのボトルネックになってしまうため、ここの採用に力を入れています。

とはいえ採用だけではなく、社内での育成体制を整えていきながら事業責任者とやり取りできる人を育てていく道筋を作らないと、と思ってはいますが、まだうまく形にできていません。これらの事業戦略直結な人材を育てていくことができれば、シニア採用に頼らずとも層を厚くできますし、ジュニアやポテンシャル採用もさらにしやすくなるはずです。それによってより多くのビジネスが実現し、価値提供ができると思っています。

(完)

tech.bm-sms.co.jp

*1:MOON ー昴 Solitude standing ー 1 巻 p203