コロナ下でフルリモートワークをしながら、ローカルワークに思いを馳せる

新型コロナウイルスの影響で、世界的にリモートワークで仕事を行う人が増えています。この記事は、新型コロナウイルスの流行に巻き込まれた当初の記憶を思い出しながら、コロナ下で本格的なリモートワークを始めたエス・エム・エスのいち社員が、どうやってリモートワークと向き合ってきたか書き起こしてみたものです。

試用期間の終わりと新型コロナウイルス流行の始まり

2019年の暮れに入社した私は、プロダクト開発部所属となり、介護事業者向け経営支援サービス『カイポケ』の訪問看護開発チームメンバーとなりました。

翌年の2020年4月には診療報酬改定*1というチームにとって一番大きなイベントが控えているという事から、事業所見学やヘルスケア展示会等にどんどん参加し、自身が関わる業界の現場感を理解するということを優先して行っていました。エス・エム・エスは、こういった動きを積極的にサポートしてくれる会社だったので、この先も現場の方々といろいろな話ができるのだろうなという希望に胸を膨らませていたのを覚えています。

しかし、その希望は新型コロナウイルス感染症の拡大によって脆くも崩れ去ってしまいました。

試用期間が終わりとなる2020年1月。エス・エム・エスの Slack でも新型コロナウイルスについての話題が出始めました。この時は日本で少しだけ感染者が出ている程度だったので、数ヶ月もすれば収まるだろうとたかをくくっていたのですが、状況はどんどん悪くなって行きます。2月になると、業務にも直接的な影響が出始めました。カイポケでは介護事業者向けにiPadのレンタルを行っているのですが、新型コロナウイルスの影響で中国の工場が稼働を停止した影響で、その調達にも影響が出ました。業務もリモートワークに切り替わり、今まで顔を合わせてホワイトボードの前でミーティングをしていたチームメンバーとも会えなくなりました。

コロナ禍でフルリモートワークをしながら、ローカルワークに思いを馳せる(ホワイトボード))
別チームのものですが、当時のホワイトボード。
描いてあるキャラクターは カイポケのマスコットキャラクターカイポチだと思います

世間でも、2月にダイアモンドプリンセス号において新型コロナウイルスのクラスターが発生し*2、3月13日には新型インフルエンザ等対策特別措置法が改正されています*3。4月7日には、とうとう緊急事態宣言が発令され*4、誰の目にも世の中が一変してしまったというのが明らかな状態になっていったのです。

とまどい

ビジネス側の人と開発者は、プロジェクトを通して日々一緒に働かなければなりません。 ... 情報を伝えるもっとも効率的で効果的な方法はフェイス・トゥ・フェイスで話をすることです。 -- アジャイル宣言の背後にある原則 (agilemanifesto.org)

これは、アジャイルソフトウェア開発宣言について書かれた文章から抜き出した内容です。

エス・エム・エスでは昔からアジャイルやスクラムの考え方を取り入れて開発を行っているのですが*5、リモートワークはこの「日々一緒に働くこと」と「フェイス・トゥ・フェイスで話をすること」の難しさをぐっと押し上げました。付箋を貼ったホワイトボードや、チームメンバーが顔を合わせて会話がしやすい様にと設置されたハニカム構造に配置されたベンゼンデスクは、その価値を発揮できないまま誰も居ないオフィスの中で今も佇んでいます。

コロナ禍でフルリモートワークをしながら、ローカルワークに思いを馳せる(2020年のある日のオフィス)
2020年のある日のオフィス

コミュニケーションには、当初はかなり苦労しました。大きなディスプレイとホワイトボードの前でスタンドアップミーティングをしていたものが急にビデオ通話の世界になったのです。マイクとスピーカーの設定がおかしくて音声が聞こえない、画面共有がうまく行なえない、話し始めてもタイプ音とタッチノイズで聞き取りづらく、耳も痛くなる。リモートワークが始まった当初は、お世辞にも快適なコミュニケーションが取れている状況ではありませんでした。

開発業務を行う環境としても、いつも使っていた 27 インチのサブディスプレイは自宅には無く、13 インチの Macbook の画面にウィンドウをなんとか配置しながら、ギリギリ椅子と呼べるようなコンテナの上にクッションを置いて、だましだましリモートワークをやっているのが実情でした。

QA業務を担当するメンバーのリモートワーク対応も簡単なものではありませんでした。

カイポケにはサービス種別ごとに iPad アプリが存在していて、QA 業務を担当するメンバーはテスト用に iPad 端末を持っています。テスト環境へのアクセスは、オフィス内のネットワークから行う形で QA を行っていたのですが、これがリモートワークによって難しくなりました。この問題は、接続環境設定を jamf NOW で行い、iPad 端末を QA メンバーに郵送するという事で対応しました。(こちらはブログ記事にもなっています )

帳票の出力も難しい課題でした。介護保険の請求は現在電子化されているのですが、訪問看護の請求は未だに紙を郵送する事で行われています。このため、出力した帳票が判別可能なものか、フォントサイズ的に潰れたりする部分が無いか、等のチェックを行う必要性が高く、無視できないものとなっています。参考までに、2020/04 の診療報酬改定で新たに採用されたの訪問看護療養費明細書 pdf へのリンクをこちらに記しておきますが、だいぶ情報が込み入っているのがわかってもらえると思います。

https://www.tokyo-kokuhoren.or.jp/insurance/circulate/pdf/app_houmonnkanngo_mei.pdf

自宅にプリンターを持っている人がチェックする等いくつか案も出たのですが、チェックする際の印刷品質を統一できない等の理由から、何名かの QA メンバーの自宅にプリンターを郵送する事でテストを行える環境を整備するという対応を行いました。

これらの対応の裏には、全社のインフラや機器整備をサポートするヘルプデスクによる VPN 等のネットワーク環境整備や、コロナ下で QA メンバーへの端末配送業務を出社して行っている QA チーム長の努力があったのを私は知っています。

この様な状況下ではリモートワーク推進派から「リモートワークを前提とした組織設計をした方が良いのでは」といった意見が出てきても不思議ではありません。実際、5月後半に社内でもリモートワーク中心の働き方にするべきでは無いのか? という議論が沸き起こりました。これに対して、プロダクト開発部長である田辺の回答は「完全なリモート中心への切り替えは行わず、リモートワークの比率を高めるが、恒久的なフルリモートワークというところまではいかない。あくまで暫定的な対応としてリモートワーク主体での働き方にシフトする」というものでした*6

私は、アジャイルの考えは物理的距離によるメリットを最大限活かそうとする開発スタイルだと理解しています。このローカルワークの価値を否定せず、それでも状況に合わせてリモートワークを取り入れる。この判断をしたという事は、私にとって、とても納得の行くものだったのです。

誤解の無いように書いておくと、エス・エム・エスのプログラマーは現在ほぼフルリモートの状態で働いています。私も、今年に入ってからオフィスに行ったのはロッカーに入っている荷物を取り出さなければいけない時ぐらいでした。方針としてはあくまで暫定的なリモートワークではあるのですが、組織としてはその期間徹底してリモートワークで働ける環境を作ろうとしています。

リモートワークの風景

感染状況に応じてリモートワーク対応をしているエス・エム・エスでは、リモートワークのサポートとして、以下のような取り組みを行っています。

物事が決まってしまえば、その方向性でしっかり動いていけるというのは弊社の強みだと考えています。他にも様々な変化があったのですが、ここではホワイトボードとビデオ通話を例に、エス・エム・エスのリモートワークでどうやってオンラインサービスが使われているのかを紹介します。

オンラインホワイトボードサービス

リモートワーク以前にホワイトボードを使って行っていた振り返りやブレインストーミングといった作業には、当初 Jamboard を使っていました。しかし、付箋の数が多くなってくると色が足りなくなる。スペースが足りなくなって別ページを作ると付箋間の関係性が視覚的に表現できなくなる。といった使い勝手に関する課題が多く出てきてしまいました。

この課題をすっかり解決してくれたのが miro というオンラインホワイトボードサービスです。

コロナ禍でフルリモートワークをしながら、ローカルワークに思いを馳せる(miroの利用事例)

描画領域をどこまででも広げる事ができるため、付箋を貼るスペースが無くなるといった事も無く、付箋には色を変える以外にもタグやリアクションを付けるといった事が可能で、リアルの付箋が持っている良い意味でのごちゃごちゃした感じを再現しやすいサービスになっています。また、タイマー機能も付いているため「10分間アイデア出しをしてください」という様なときも時計とにらめっこしなくても済みます。

使い勝手としては diagrams.net (旧 draw.io) に近いのですが、その UI や機能を更に洗練させた感じの使い心地です。

業務上 Figma ほどちゃんとした描画ツールは必要無いけれど、ワイヤーフレーム等ちょっとした図を書きたいという時にも、私はこの miro をよく使っています。

当初日本語の入力にバグがあったりしたのですが、現在は特に使いづらいところもなく、オンラインホワイトボードはこれだけを使っています。ちなみに、チャットや音声通話機能、画面共有機能まで付いているので、やろうと思えば Slack や Zoom を使わずに miro だけでコミュニケーションを完結させる事も可能です。

ビデオ通話サービス

顔を合わせて行っていた社内会議や外部の関係者と行っていた会議は、ビデオ通話サービスを使ったオンラインミーティングに変わりました。私のチームでは以下の様に音声通話サービスを使い分けています。

Google Meet (G Suite Basic) Slack Call Zoom
人数制限 100人 15人 50人〜
バーチャル背景 使える 使えない 使える
UI シンプル シンプル 複雑でわかりづらい
機能 必要十分 シンプルすぎる 高機能
画面共有への書き込み できない できる できる
ブレイクアウトルーム 使える 使えない 使える
Google Calendar との連携 できる できない できる
総評 簡単に Google Calendar と連携でき、機能も必要十分。一番良く使っているサービス。 Slack からカジュアルに通話を作る事ができ、画面共有への書き込みも出来るためモブプログラミングで利用する事が多い。 高機能で音声、映像が安定している。大規模な会議で利用する事が多い。

当初は Slack Call を使う事が多かったのですが、チーム横断で行う通話では最大 15 人という人数制限が問題になる事が多く、Zoom もまだ試験運用段階だったため Google Meet を使う割合が徐々に増えて行きました。バーチャル背景の導入や、音声通話品質改善のアップデートもあり、現時点で一番コストパフォーマンスの高いビデオ通話ツールなのではないかと考えています。後は、共有中の画面への書き込み機能が追加されれば完璧です。Google さんよろしくお願いします!

さて、ビデオ会議で議論になりやすいのが「カメラを ON にするべきか?」という話題です。社内の esa にリモートワークのプラクティス集ページが投稿されたのをきっかけに、プロダクト開発部内でもこの議論が行われました。

コロナ禍でフルリモートワークをしながら、ローカルワークに思いを馳せる(ビデオ会議カメラON-OFF議論_1)

プライベートと仕事の境界があいまいになってしまうというのはリモートワークの欠点です。こういった状況に対して、プライベートを守るためにカメラを OFF にするというのは正当な理由だと思います。しかし、表情からニュアンスを読み取ったり相槌を確認して会話を進めるといった、リアルの会議で行なえていたコミュニケーションの仕方を音声通話だけで行うのは難しいです。

コロナ禍でフルリモートワークをしながら、ローカルワークに思いを馳せる(ビデオ会議カメラON-OFF議論_2)

最終的に、カメラを ON にする価値を認めつつも、プライベートを守るという意思は尊重するという結論となりました。

コロナ禍でフルリモートワークをしながら、ローカルワークに思いを馳せる(ビデオ会議カメラON-OFF議論_3)

プライベートな物事と関わる判断を、「これが正しい」という線を引くのでは無く「それぞれが正しい」ので可能な範囲で選択できる状態を落とし所とする。この判断は中途半端な様に見えるかもしれませんが、コロナ下という難しい状況を乗り切りために柔軟さを持とうとする、とても重要な判断だった様に思います。基準を設けるという事は重要な事ですが、特に心理的な判断に関してはお互いが気持ちよく働くための「あそび」を持つ重要性もまた高いのではないでしょうか。

リモートワークは「正しい」のか

この難しい状況の中、訪問看護チームはメンバーの試行錯誤と協力のおかげで、カイポケ史上初のフルリモートワークでの診療報酬改定を乗り越える事ができました。

コロナ下で、多くの人々がリモートワークを経験していると思います。その中で、リモートワークこそが「正しい」労働環境であるという主張を見かける事もあります。もしかしたら、そうなのかもしれません。

  • 自宅から職場までの移動。
  • Slack や議事録にまとめられていない、すれ違いの 10 秒で交わした会話。
  • 隣のチームから聞こえる仕事とは関係無い笑い話。
  • エレベーターを通って売店まで移動する合間に見えるオフィスの外の風景。

そんな必要ない物がスッキリ整理された、ノイズの無い理想的な労働環境。

残念ながら、私にはその様に思う事ができませんでした。リモートワークによって、今まであったものが何か失われてしまっている。この感覚が、私の心の中にずっと残り続けています。

相手の表情から意図を汲み取り、身振り手振りを交えて伝えたい事を表現しようとする。対面で人と話す事というのは、やる事の多い、ストレスのかかるコミュニケーションの仕方です。論理的な文章や、課題との因果関係が明確なデータがあれば、非同期的で非対面なコミュニケーションをしていた方がよっぽどストレスがかからないでしょう。しかし、ストレスがかかる事との引き換えに、同じチームで同じ物を作っている感覚や、言葉だけでは表現できな情熱を伝えるといった事ができていた気がします。

新型コロナウイルスの流行が始まって以降、アジャイル開発において物理的な距離によって発生する課題を解消しようという動きはエス・エム・エスを含む多くの企業が取り組んでいる事だと思います*7 *8 *9 *10。しかし、私個人としては、やはりアジャイルな働き方はローカルワークができる環境がある事によって本来の生産性や創造性を獲得できるものだと感じています。

最後に、文中で引用した「アジャイル宣言の背後にある原則」の文章を再掲します。

ビジネス側の人と開発者は、プロジェクトを通して日々一緒に働かなければなりません。 ... 情報を伝えるもっとも効率的で効果的な方法はフェイス・トゥ・フェイスで話をすることです。

-- アジャイル宣言の背後にある原則 (agilemanifesto.org)

ずっとリモートワークを続けている今だからこそ、私はこの価値観を大切にしたいと考えています。

(筆者: プロダクト開発部桐生)

*1:令和2年度診療報酬改定について (www.mhlw.go.jp)

*2: (2020年2月19日掲載)-- 現場からの概況:ダイアモンドプリンセス号におけるCOVID-19症例 (www.niid.go.jp)

*3: 施行日: 令和三年四月一日 -- 新型インフルエンザ等対策特別措置法 | e-Gov法令検索 (elaws.e-gov.go.jp)

*4:新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言(令和2年4月7日発出) -- 新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言・まん延防止等重点措置|内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室 (corona.go.jp)

*5:アジャイルサムライ』『SCRUM BOOT CAMP THE BOOK』に関わった西村もエス・エム・エスに所属しています。

*6:当時の方針であって、記事公開時点と現在では変化している部分があります。

*7: アジャイル開発では当初、クラスター化したチーム、つまり物理的に同じオフィスにいるチームを想定していました。「開発チーム内で情報を伝達するには、直接向き合って話すのが最も効率的で効果的な方法である」という考えを踏まえ、初期のアジャイルチームでは近接して活動することが前提となっていました。... ただし、分散チームの利点の裏には欠点もあります。 多くの分散チームにとって、アジャイルプラクティスである対面でのやりとりは困難です。 -- リモートアジャイルチームのヒント | Atlassian (www.atlassian.com)

*8:10年の歳月をかけてリモートワークを洗練させてきたサイボウズだが、当初からうまくいったわけでない。むしろ、今、多くの企業が悩んでいるのと同じように、失敗からのスタートだったと言っていい。 -- 在宅勤務の苦悩 サイボウズは脱「リモハラ」に10年: 日本経済新聞 (www.nikkei.com)

*9:While no one knows how long the COVID-19 crisis will last, it seems inevitable that many of us will be working remotely for at least weeks if not several months. Productivity may take a hit, but it doesn’t have to hurt. An agile approach can keep remote teams functioning effectively and make them more resilient for the future. -- How to Remain Remotely Agile Through COVID-19 | BCG (www.bcg.com)

*10:Because people are and remain social animals, virtual proximity requires to maintain ways of connecting, building connections and team mindsets without physical proximity, doubling the focus on such “soft” topics. -- Agile Development in a Virtual Setting | Accenture (www.accenture.com)