7年の体験から書く技術組織のマネジメント(前編)

技術組織のマネジメント

@sunaot です。エス・エム・エスで技術組織のマネージャーをしています。入社時点から技術組織全体のマネジメントを担う役割でスタートし、今年で7年が過ぎました。

「エンジニアリングマネージャー (以下、EM) の仕事とはなんですか?」と聞かれたときにその定義を答えられるでしょうか?

「1on1をすること」「メンバーの育成をすること」など、これは EM の仕事だという要素は挙げられても、全体像を言える人は中々いないのではないかと思います。そうしたときに頼りになるのは書籍ですが、EM に特化して仕事の全体像を語った書籍というのは日本語ではなかなかありませんでした*1

EM の仕事単体でその全体像を説明するのが難しいのにはそれなりの理由があります。この記事では、全体像を語りにくい EM の仕事というものについて、技術組織のマネジメントという視点から全体を説明し、その中で EM の果たす役割を定義するという流れで説明をしてみたいと思います。

対象となる読者の人は、

  • ある程度 EM としての経験があり、これからどのようによりよい EM となっていけばいいか悩んでいる人
  • 現在 EM をしていて、より広い範囲の役割で仕事をすることが求められそうな人

です。自分で自分の仕事をつくっていく必要が出てきた人の考える土台になることを狙って書いています。

一方で、あまり対象ではないであろう人は、

  • これから初めての EM をするという人

です。経験をしていない人にとっては、もう少し具体的にどういう活動をすればいいのかというのをステップ・バイ・ステップで解説してくれるようなもののほうが合っていると思います*2

技術組織のマネジメントの要素とレイヤー

それでは、技術組織のマネジメントから説明をしていきます。最初に、技術組織のマネジメントと EM の仕事の区別を説明します。

技術組織のマネジメントは、会社の技術組織全体の成功へ責任を持ち、成功のために必要な活動を設計し、実行をすることです。スコープとして技術組織という組織を対象にしています。一方、EM の仕事はスコープとしてチームを対象としています。人数としては多くて8名、最大でも15名くらいをイメージしています。

技術組織という組織が成功するためには、次のような要素が必要になります。

  • 実現したいことと目標
  • 体制とアプローチ
  • アライメントと実行
  • 組織構造
  • 情報流通
  • コラボレーション
  • 価値観と文化、モラル

さらに、技術組織のマネジメントのレイヤーとしては次の3つがあります。

  • 個人
  • チーム
  • 組織

組織が、技術組織のマネジメントの要素を満たして成功をするために、各レイヤーのそれぞれで必要な活動をしていくのが、技術組織の経営です。

ここからは、それぞれの要素やレイヤーについて説明をしていきます。

技術組織のマネジメントの7要素

実現したいことと目標

これは文字通りの意味ですが、マネジメントの根幹になります。他のすべての要素のゴールでもあり、制約でもあります。その組織にとって成功とは成果とはというものを定義します。表現形式としてミッション・ビジョンや短期的にOKRのような形態をとります。

会社組織であれば、上位概念になる組織から求められることもありますし、一方でそれを鵜呑みにしないことも組織の価値になります (鵜呑みにするならサブセットになって組織固有の価値が低いため)。あとは、周辺の他の組織から求められる要求というのもあります。より広い役割の場合は社会や市場、競合他社という視点から考えることもあるでしょう。

いずれにせよ、その組織固有の価値とはなにかを考え続け、状況の変化に合わせた更新を加え続けていく仕事になります。

体制とアプローチ

実現したいことと目標、それに向けて得たい成果からスタートします。そこへ向けて必要な体制やアプローチというのは多くの選択肢の中からマネージャーと組織の能力のキャパシティの中で変わってきます。これがマネージャーを優秀な人に担ってもらうべき理由でもあります。

現在の組織能力と実現性というのは制約になりますが、基本的にはあくまで成果からの逆算で考えます。

無限の選択肢と組織能力を持っているのであれば、最善の解を選べばいいわけですが、通常マネージャーが置かれている状況はそうではありません。制約条件があり、ビジネスや開発/技術におけるセオリーがあり、その中で数少ない成功の可能性のある選択肢を選ぶ必要があります。

ビジネスや開発/技術の状況・コンテキストをどう読むのか。組織の能力や体力、マネージャー自身の得意不得意も加味して、どの選択肢に勝算を求めるのか。これはマネージャーの仕事の思考の自由度における最大の楽しみになります。

先行するのはアプローチであり、それを実現するために必要な体制を整えていくというのが基本です。体制は、採用と育成、組織づくりが支えているので実際はこれだけで一大トピックになります。

アライメントと実行

アプローチと体制から進むべき道が決まったら、今度はそれを組織的に実現していく必要があります。ここまでの内容は主に戦略と呼ばれますが、実現されない戦略は絵に描いた餅です。戦略が優れていたと評価されるためにはここから先の実現の過程が重要になります。実現の過程は地味ですが、現実の仕事で重要なのは実現とそれを支える実行です。このパートが組織が動くかの肝だと言ってもいいでしょう。ここから、それぞれについて説明します。

アライメント

ここで言うアライメントは組織におけるアライメント (organizational alignment) です。実現したいことと目標に対して、組織の一人ひとりが同じゴールへ向かうように理解と意思と行動の方向をそろえ続ける活動です。アライメントという活動があるというよりは、様々な活動を通じてアライメントのとれた状態を実現していきます。たとえば、組織での方針説明会のようなものは活動の一例ですし、インセプションデッキのような活動もアライメントのための活動の一種になります。いわば、組織の照準を合わせる活動です。

実行

実行は、アライメントでそろった方向に対して進めていく過程です。現実には様々な理由で目指した方向に対して歩みを止める力が働きます。実行の過程は、個人や人と人の間に生まれる歩みを止める障害を取り除き、素早く目的地までたどり着くための活動です。戦略や方針が間違っている以前に実行をできずに物事が進まず停滞する組織というのが多く、マネージャーが新しい組織へいった場合に最初にテコ入れするのが実行の文化をつくることであるケースは多いです (一般に実現したいことやアプローチを見直すことは時間がかかるが、実行の文化をつくることは短期で成果を出しやすいため)。

実行の過程についてはマネージャーによって得意なやり方が分かれるところですが、共通する基本的な形式としては「現状把握」と「進行 (進めること)」と「進路補正 (問題の解消)」で成り立っています。たとえば、『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』 ではインディケーターや1on1*3によって現状把握をして、教育 (訓練) とモチベーションの向上やナッジングによって進行や進路補正をする手法が解説されています。実行とは、論理的には成り立っている方針に対して、実現をする過程で現れる現実とのギャップを解消しながら前へ進めていく活動です。

組織構造

組織構造は、他のマネジメント要素に対しての枠組みになります。組織の成功に向けて適した構造をとるといった形で導出されるものです。導出されるものでありながら、一度決めた枠組みは制約として働くので、継続的に狙いにあった形に変化させていく必要があります。組織上密結合にするほど、同じ目標を見ることの容易さが上がったり、日常の中での情報流通の量が増えるなどの効果が出やすいです。ただ、組織の構造によらず、狙って特定の要素を強化することは可能なので、もっとも優先したいことへ寄せて組織構造を設計して、課題が出る部分にサポートをしていったりします。特定の優れた組織構造を目指すよりも、その組織構造で過ごす中での組織のコンディションへの影響を追いかけて、主要なテーマが変わってきたら構造を見直すことが重要です。

情報流通

組織の構造ができあがったら、その中で働く人たちが仕事を主体的に進められるように必要な情報を手に入れられる状態をつくる必要があります。プッシュであれプルであれ、どこでどのような情報が手に入れられるのかという土台になる場を設計して、その場の提供をします。場は会議や定期的なイベントという実装をとることもありますし、イシューやチケット、ドキュメントのような実装をとることもあります。土台で埋まらない部分の情報について、ハブとして日常的に埋めていく活動をしたり、他の人が埋める手伝いをします。とくに組織と組織の間で情報流通が途切れることが多いので、必要な情報が相互にやりとりされるように場の設計をします。

コラボレーション

コラボレーションは実行の過程で組織やチーム、個人のレベルでの相互の関係が機能するようにしていく動的な活動です。チームのレベルではチームビルディングによってコラボレーションの質と量を上げたり、個人と個人の間では協力して物事を進めるための考え方や行動に働きかけたりします。直接的にコラボレーションの機会や場をつくることもありますし、コラボレーションが活発になるような環境づくりをすることもあります。

価値観と文化、モラル

価値観や文化といったものは、会社の単位で設定されていることも多いと思います。当然それを一つの前提とするわけですが、ただ技術組織固有の価値観や文化があることが多いのと組織の状況やフェーズによって今テーマとして取り組むべきものというのが移り変わるので、意識的に扱ったほうがよいと思います。実現していくための活動としては、採用や育成、評価といったものもあれば、直接的な価値観や文化浸透のための施策、日常の一つ一つの振舞いや行動習慣に至るまであらゆるポイントで「どのような組織でありたいか」を表現していくことになります。仮に他の目的で行う組織の施策だとしても、その思考様式や表現方法は価値観や文化の表明を含むものになるため、いろいろな場面で意識をする必要があります。

技術組織のマネジメントの3レイヤー

個人

スタートは個人のレイヤーです。そもそも個人は組織のために居るわけではないので、個人が個人としてパフォーマンスを発揮できるように支援をしていくというのが一つの役割です。そして、個人は組織のために居るわけではない一方で、技術組織のマネジメントの仕事は組織の成功を実現することです。個人のレイヤーではこの個人の働きを組織の成果へつなげるための働きかけをしていきます。技術組織のマネジメントの7要素が個人のレイヤーではどのように評価できるのかを考え、個人への後押しをしたりコーチをしたりフィードバックをしたりします。

現実に個人に向き合っているときには、必ずしも組織の成果のことだけを考えるわけではありません。というよりも、目の前のマネージャーが組織の立場からしか会話をしてくれないのであれば信頼関係は築けません。個人としてのその人の立場を尊重して考えることへ100%の意識を使いながら、同時にチームや組織の視点も提供できるのがマネージャーの付加価値になります。

チーム

チームは現代のサービス開発の基本単位です。そのため、技術組織のマネジメントの7要素はどれもチームのレイヤーで機能をしている必要がありますし、考えるときにもチームを主体として考えたときにどのようにそれぞれの要素を機能させるかという視点で考えることが多いです。また、一見すると個人のものに見える課題を解決するときにも、あえて「チームのレイヤーでその課題を解決するとしたら」という視点の置換をすることも多いです。個人に課題が出ているときは、その一つ上のチームのレイヤーでなにかの課題を抱えている結果であることが多いからです。

組織

組織のレイヤーで考える場合も、基本はチームを中心に考えます。物事が成し遂げられる基本単位がチームだからです。一方、チームはそれぞれに状況や成熟度合いが違います。複数のチームに対して一定の土台となる仕組みや質、成熟度合いをつくっていくには組織というレイヤーでのサポートが必要になります。チームが気持ちよく働き成果を出すことへ集中できるようにするには組織がどうあればよいかを考えていくのが組織のレイヤーです。

ここまでで、技術組織のマネジメントに必要な7つの要素と3つのレイヤーについて説明をしてきました。次回は、この要素とレイヤーに対してエンジニアリングマネージャーはどういった仕事を担っているのかを説明します。

*1:『エンジニアリングマネージャーのしごと』という翻訳書が8月に出版されました。

*2:この点、『エンジニアリングマネージャーのしごと』は期待に応えてくれる場合が多そうです。

*3:書籍では「ワン・オン・ワン」として紹介されています。