二つ返事で書いた「私のキャリア」と「転職決断話」

はじめまして、2021年8月よりエス・エム・エスに入社した熊谷です、10月で37歳になりました。これまでに約60万人の会員を保有していたポイントカードシステムの開発や、営業支援システムの開発に携わって来ました。

“入社エントリを書いてみませんか?”と社内で打診があった際、「書いてみたい!」と二つ返事をしてみたものの、いざ過去記事を見ると、メガベンチャー、ナショナルクライアント、世界最大手クラウドベンダーからの転職など凄い経歴の方ばかり。

異色のキャリアを歩んでる自覚はあったので、「やはり私の入社エントリなぞ書かないほうが良いのでは・・?」とご相談したところ、”むしろそのキャリアも含めて書いてほしい”とのことでした。

この記事では私の入社前のキャリアから、転職を考えたキッカケ、入社を決めた理由、そして入社した後の印象を皆さんにお伝えできればと思っています。

それと併せて、もし入社エントリー

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を見て”ハードル高そうだな・・・”と感じていた方がいらっしゃいましたら、私のような人間もおりますのでどうぞご安心下さいとお伝えしたいです(笑)。

ぜひ気軽に カジュアル面談 にご参加頂ければと思っています。

入社までのキャリア

新卒の話になると早15年前になってしまうことに年齢を感じます。当時は大手メーカーの携帯電話(まだ2つ折りが主流だった時代)工場にてソフトウェアQA部内の検査ツール開発を行っていました。

2年ほどその企業に在籍していましたが、その後は知り合いに誘われるがままに転職することに。 転職先の企業はいくつかの事業を持っており、その中の1つに立ち上げたばかりのタクシー事業もありました。タクシー事業の在籍になった私は、当時原野状態だったタクシーの管理システムをイチから作る気満々で居たのですが、気づけばあれよあれよと二種免許を取得しタクシーを運転する方に早変わり。その後3年間、タクシー運転手が私の仕事となりました。

この3年間がソフトウェアエンジニアとしてのブランクにあたるかというと実は違いまして、同企業で運営していた他サービスの開発相談なども同時に受けていたこともあり、タクシーに乗りつつ、黙々とプログラミングやシステム設計の勉強を進める、という中々に異質な生活を送っていました。

道玄坂にある「とある会社」の前でご乗車頂いた”プログラマっぽいひと”に片っ端から声をかけ、勉強を教えてもらっていた過去もあります。今考えると滅茶苦茶ですが、当時は急拡大する事業に対応するため必死でした。タクシー運転手がお客様に勉強を教えてもらう、という異常な状況にも関わらず親切丁寧に教えて頂いた方々、本当にありがとうございました。今の私があるのは皆様のおかげです。

そんな生活を重ねつつも、やはり開発側の比重が増えていき、3年後に同企業の開発部へ移籍となりました。 一番最初の仕事は当時60万人の会員数が居た共通ポイントカードサービスのシステムリニューアルです。 当時は私を含め社内のエンジニアは3名ほどしかおらず、運用・保守の大部分を外部企業に頼っている状況でしたので、社内リソースのみで運営出来るような”自社化”を含めたリニューアルを企画しました。

そして、この”たった数名の社内エンジニアで”というのがうまく作用しました。少ないリソースで運営していくには、最も重要な機能開発などに多くのリソースを割ける状況にしていかなくてはいけない。そう考えた結果、移行先のサーバーとしてHeroku、フレームワークにLaravelを選択し、「インフラ管理の大部分を省く」ということを前提にリニューアルを進めました。2014年のことです。 AWS FargateやGoogle Cloud Runに通ずるServerlessやコンテナ技術に当時からイチ早く携われているため、結果論ではありますが、この判断は正解だったと思っています。

さて、そんな形で同企業に在籍していく期間が伸びていくにつれ、会社が飛躍的に大きくなり、同時に私の役職も上がっていきました。プログラマから開発部の部長へ、そして事業統括というポジションから事業戦略に通ずるシステム投資の価値判断など。上流工程の部分はもちろんあるのですが、社外へ開発を依頼する前のプロトタイプ的な実装なども兼務していたので、最終的なポジションでもずっとコードが書けていたのはとても幸せでした。

転職を考えたキッカケ

在籍期間も12年を超えていくなか、自身も30代半ばの年齢に差し掛かり、色々と思うところも出てきました。前企業は特定の分野・業界に根ざしているわけではなく、チャンスと見れば未経験の業界にもドンドン進出していきます。当然失敗も多いのですが、「失敗して元々」「経験から学ぶ」がモットーのような姿勢からか、次々と新しい企画や事業が立ち上がります。 若いうちは”当たって砕けろ”の精神で立ち向かえた自分も、年齢を重ねるごとに「このままで良いのか?」と考える日々も多くなりました。

一方で、条件面や待遇に不満があったわけではありませんでしたので、「今の会社に残るかどうかも含め一度考えを整理したい」という思いから、いくつかの会社からお話を伺うことになりました。エス・エム・エスとの一番最初のカジュアル面談も、「お声をかけてもらったので」という程度のことですし、今だから言える話、何をやってる会社かも全く知りませんでした。お話を伺って初めて「あ、医療・介護の会社なんですね」と言うレベルです。

エス・エム・エスに入社を決めた理由

有り難いことにいくつかの会社からオファーを頂きつつも、最終的にエス・エム・エスに入社を決めたのには、大きく2つの理由があります。

1つ目は、面接を重ねていくに連れ、入社後のイメージが上手くついたことです。他社の採用面接と違った点の1つに、技術責任者の田辺さんを始めとして、「エス・エム・エスがいかに素晴らしい会社か」という話を延々とされるのではなく、「今会社にはどのような課題があって、どういった部分に困っているんです」という話しを多くして下さいました。 採用面接というのは中々に難しく、“お金と時間をかけている以上、基本的には入ってほしい”ものであり、“出来る限り自社のことを良く見てもらいたい”ものだと認識しています。

そんな中、課題の共有は極端に言うと出来ていないダメな部分を見せる行為ですので、中々に勇気がいることかなと思っていますが、結果として「(課題に対して)自分は何ができそうか?」「どういう形で貢献出来るか?」など、入社後の動きや働き方のイメージが具体的に出来たこと、また課題をありのまま共有頂ける誠実さを感じられたことが大きかったと思います。

2つ目は、最終面接でお会いした社長の後藤さんとの話です。私が後藤さんに対して投げかけた質問に対する回答が、入社の意思を固める決定的なものになりました。

その質問内容は、「エス・エム・エスはどういった考えのもと事業やサービスを展開していくのですか?」というものです。 この質問の背景には前述で記載した通り、当時在籍していた企業が様々な分野に進出していくことで素晴らしい経験をしてきた反面、苦労してきたことも多かったからです。何をやる会社なのか、何をやらない会社なのか。これを知る意図で質問したところ、次のような答えが返ってきました。

“人口動態の変化で生じる歪みのうち、社会保障だけでは解決出来ない領域を、ビジネスとして解決する”

私達が生きている日本という国で超高齢化は避けられず、2025年には人口の3.3人に1人が65歳以上と言われています。この流れが更に加速していく中、求められる社会保障のあり方というのも変わり続けています。土台としての社会保障というのは今後も欠かせないものとして提供されていくでしょう。一方、国の制度として広く提供していくことや社会の変化のスピードに合わせる必要があることを考えると、社会保障が埋めきれない領域というのも常に存在し続けます。ここにビジネスが介在して持続的に解決していく機会と価値があります。「エス・エム・エスは医療・介護の会社」なのではなく、「医療・介護」が社会保障だけでは解決出来ない領域の1丁目1番地だから、事業として手掛けてるんです。

この回答は、質問の背景にある「何を事業としてやるか・やらないか」という問いに対して、自身の中で完全にマッチするものでした。それと同時に”残りの人生で、どうせ長い時間仕事をしていくなら、わかりやすく誰かの為になりたい”という風に考え始め、これらの意識が「辞めるか残るか」と迷っていた前職に対し、一つの踏ん切りをつけられる理由になりました。

医療・介護は、現代を生きている私達にとって不可欠なものです。例え今は特別重要でなかったとしても、数十年後にはきっとたくさんお世話になるはず。なのでまず自分自身を含めた、身近な人の将来を支えていけるを目標にしようと思い、転職することを決意しました。

入社後の印象

前述の通り、課題感の共有を面接時にして頂いていたこともあり、入社前後におけるイメージのギャップはほとんどありませんでした。またエス・エム・エスの社員の皆さんも、カジュアル面談で感じていた誠実な人たちばかりで、非常に働きやすいな、と感じています。

配属先のチームは最初から固定されておらず、数週間に渡ってチーム体験ツアー

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を通じていくつかのチームの様子をお伺いし、その中からエス・エム・エスのキャリア事業領域において、業務基盤として機能しているカスタマーサポート/顧客管理ソリューションチームに入ることに決めました。理由は至ってシンプルで(入社前から話しは聞いてましたが)一番困ってそうだったからです。

エス・エム・エスは2003年の創業以来、短期間で急成長をしてきました。その過程でグループの統合などもあり、作られてきたサービスや基盤などに未だチグハグな部分も残っています。これらを「あるべき姿」へ変えていくのが私のミッションになります。

もちろん話は単純なシステム改修に留まりません。経営戦略として必要になるであろう機能・データは常に要求されますし、ビジネスサイドとのコミュニケーションとバランスを取ることや、平時の運用業務もパワーが必要なものもありそうです。また、“業務でヘビーユースされているにも関わらず”メンテ不全になっているツール類もあったりします。これらが今後起こりにくくなるような、「組織文化」的な部分にも少しずつ踏み入っていく必要性を感じています。

WEBエンジニアの方々は、エンジニアがなぜ「カスタマーサポート/顧客管理ソリューション」なのかと思うかもしれませんが、最近のCRMツールはWEBのテックトレンドをかなり意識しています。

例を上げるとSalesforceです。最近はSalesforce DXという試みから、CLIからのデプロイ操作やGit管理も可能となり、スクラッチ組織という使い捨て可能なテスト環境が用意されたりなど、開発体験がかなりモダン化されました。利用できる言語も元々はAPEXだけだったのが、Winter’22では Salesforce Functions というServerless環境が用意され、Node.jsやJavaでコードが書けるようになりました。 また、現在はまだPilot版ですが、複数存在したAPIを全て包括するようなgRPCベースのPub/Sub APIも計画されています。 このような最新の技術スタックを追従したい方にも、私達の運用チームはぜひオススメです。

時代に寄り添い、変化し続けられること

「継続性アーキテクト」という生き方 - エス・エム・エス エンジニア テックブログ

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の記事でも語られているように、現代では「作って終わり」という開発は減ってきており、サービスの成長段階やニーズによって「あるべき姿」を柔軟に変えていくことが望ましいとされています。 そしてそれらは、サービスのみに留まらず社内で利用されている業務基盤としてのアプリケーションも同様なはずです。チーム・組織・会社がそれぞれの成長段階で、市場によって、社会によって、時代によって変化していきます。

上記を実現するために必要なことは、一言で片付けるなら「柔軟性のあるシステム設計が重要だよね」に集約されてしまうんですが、それが一朝一夕で達成出来ないことは、ソフトウェア開発に携わっている皆さんであれば共感して頂けるでしょう。

幸いにもエス・エム・エスは、これまで同事業領域において20年近い実績があり、その過程で生まれた業務知識が山のようにあります。これら1つ1つを紐解きながら整理し活かし、あるときはバッサリ捨ててビジネスプロセスから考え直したりなど、やれることも、やらなくてはいけないことも膨大にあります。

これらの作業は非常にタフではありますが、もともとタフな仕事を求めていたというのもありますし、「この状況下でこれだけ業績が伸びている」というのはウラを返すと、事業としてもまだまだ伸びしろがあるということなので、非常に楽しみな部分でもあります。

入社後2ヶ月(執筆時点)で、長い道のりのやっと一歩目を踏み出せたかな、という感覚です。険しい道ではありますが、入社の動機にもある「身近な人の将来を支えていける」こと、そしてこの記事を見て下さった皆さんの、ひょっとしたら数十年後を支えられるような仕事が出来ればこの上なく嬉しい限りです。

勿論、私一人では不可能なので、ほんの少しでも共感して頂ける方がいらっしゃいましたら、ぜひカジュアル面談などでお会いしましょう。

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